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経済学を勉強しています。

経済学を勉強しています。

勉強しながら、思いついたことがあるのでpostしておきます。

●とにかく数学・算数であること

今やっているミクロやマクロは、計算問題が多く出ています。

よく経済学には「高校レベルの数学が必要」と言われます。微分やlogが出てくるのがその所以です。

確かに微分は頻出ですが、やり方さえ思い出せば、(今私がやっているレベルでは)そんなに高度な数学は必要ではありません。グラフで理解することが多いので、むしろ算数的な考え方のほうが必要です。

かつて、こんな数学や算数をやって何の意味があるのか、と思っていましたが、経済学を身に着けるためにはある程度の数学・算数の力が必要だったということが、今さらながら分かりました。無論、あんなに複雑怪奇なレベルの問題に取り組む必要はなかったと思いますが。

●官僚養成

明治期の諸制度は、富国強兵を目的として作られました。

初期は士族の反乱を治めるため、中期以後はロシアの南下に備えるためです。教育制度も、富国強兵をゴールとして、ゴールから逆算して成立していたのだと思います。

一方、戦後の日本では、経済政策を立案できる官僚を養成することを、教育のゴールとしていた時代が長かったのだと思います。

そのゴールから逆算すると、確かにああいった算数・数学のカリキュラムになるんだと腹落ちしました。

各年代で受験という競争が起きると、それぞれの年代で問題が複雑化していくという構造なんだと思いました。

●公務員偉い

練習問題に、(国家公務員総合職)や(地方上級)(国税専門官)などの記載があります。つまり過去問です。

これが非常に難しい。特に総合職(昔の国家Ⅰ種、俗に言うキャリア)は難問が多く、手に負えません。何度も挫折しそうになりました。いや、事実挫折して、飛ばして進んだ項目も多いです。

なんだかんだ言っても、彼らは青年時代にこのレベルの試験を突破して公務員になったのであり、それは尊敬に値することであると思います。

小学生が足の速い奴とかけっこしたり、中学生がケンカの強い奴で出会ったりしたときのような、単純だけど強い畏敬の念です。

キャリアが特急並みのスピードで出世していくという制度の是非は議論のあるところだと思いますが、それとは別に、単純に「この人達すげー!」と思いました。

●教育制度

前述のように、政策を立案して遂行できる人材を育成することを教育制度のゴールにしているように思います。そう考えると、いまの教育制度がこうなっているのも理解できます。

これはこれで堅牢な制度だと思いますが、時代に合っているとは到底思えません。

ただ目の前の受験で上の学校を目指すためだけに、この学問が将来何につながっているのか、皆目見当がつかない状態で勉強しているのだと思います。私もそうでした。

教師側も、なぜカリキュラムがこうなっているのかを理解せずに、教えている可能性があります。

今の学問体系に意義を見出せた学生は良いですが、そうでない学生は、やる気を失って成長ルートからこぼれ落ちてしまいます。そこにも優秀な学生がいるはずです。社会的損失です。

●ビジネススクール

現代では、多くの学生が、ビジネスの世界に入ることを志望・想定していると思います。

社会人になって、ビジネススクールで学ぶ機会があり、ケーススタディ+グループディスカッションという授業スタイルに心打たれました。

カリキュラムも、ビジネスに必要な学問を幅広く学ぶことで、ビジネスで成功すると思わせる内容でした。講師もビジネス経験豊かで、この学問がどこでどう生かせるかを話してくれました。

今は逆に大学院MBAで教える立場ですが、極力、この学問を修めることの意義を伝えています。ファイナンスを理解すると、社会で起きる事象の意義や背景、マグニチュードを理解できます。そこを強調しています。

●なぜ大学までの学問がこうならないか。

おそらく、過去の制度があまりにも堅牢すぎて、今の制度を精緻化させることが自己目的化してしまっているのだと思います。

マイナーチェンジではなく、ゴール設定から見直すフルモデルチェンジが求められていると思います。知らんけど。