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上高地に行った話

上高地。

思い起こせば、中学生時代の修学旅行が信州だった。上高地に行った記憶があるが、中学校の修学旅行なんて、まったく面白くなかった。

コロナで学校行事のなくなった学生が、インタビューで「修学旅行を楽しみにしていたのに、なくなって残念だった」と話すシーンをTVでよく見たが、私自身はまったく共感できなかった。

中学校なんて嫌いだ。まして修学旅行なんてもっと嫌いだ。同じ制服を着て同じ行程でぞろぞろ歩く姿なんてまったく良いと思わない。今も昔もそう思う。

・・・いやそんなことを言いたいのではないのだ。

あれから30年、私は、自分の意志で、上高地に旅立った。事前に、『上高地ハイキング案内』という山と渓谷社が出しているかなり硬派な本を購入し、スタディしてから行った。

観光本にあるまじき文字量の多さだ。文字が多くて読みづらいのは事実だが、内容は深い。実は帰ってから改めて読み直したところが多い。そういう意味では通好みの本なのかもしれない。

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バスから降りたそこには、絶景があった。天気も最高だった。雲一つない空に、巨大な北アルプスがそびえたっていた。

学生時代を過ごした京都も盆地だったため、街中から山並みが見れたが、その比ではない。感覚値10倍ほどの高さの山が、目の前にそそり立つ感じである。

以下、この絶景を見ながら感じたことである。

●熱海や伊豆と違って、商業化していない。広大なエリアに、ポツンポツンとホテルや旅館がある。おそらく、ギルドのようになっていて、新規参入が認められていないのだろう。だからと言って共産主義のようにサービスレベルが低下することなく、高いモラルでこの景勝地のブランドを維持しているように見えた。

●ゴミが落ちていない。ゴミを出さない、持ち帰るというマナーが徹底されている気がした。相応に余裕のある人が多いのだろう、着ている服も美しく、挨拶なども互いにし合って、総じてモラルが高いと思った。こんなことを言うのもなんだが、太っている人が少ないと思った。

●自然に対する人間の手の入れ方が絶妙である。自然と共生している感がある。上高地は人間と自然の共生という難題に対する一つの解に思える。自家用車が入れない、冬から春にかけて閉山して人を入れないなどの措置も、経済を犠牲にしてでも自然と共生するためなんだろう。

●観光地ということもあり、人は多いのだが、あるところでは、360度自分しかいないということもあった。世界の終わり、この世の果て、という言葉が頭に浮かんだ。人類が滅亡して、自分が最後に生き残ったら、こんな感じなんだろうと思った。

●来年も是非行きたい。せっかくなので、足を延ばして涸沢まで行ってみたい。東京の暑い夏で消耗しているより、上高地で涼しい思いをするほうが良い。来年の夏は信州でワーケーションするのだ。そう誓った。