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コンサルとして成功するには

真田昌幸。

有名な真田幸村の父親である。後世の我々にとっては真田幸村のほうが有名であるが、昌幸在世時は父のほうが勇名を馳せていた。

というのも、彼は武田信玄の部下として、川中島・三方ヶ原・長篠などの戦史に残る戦いに従軍した歴戦の武将であることに加え、二度にわたり徳川軍を撃退した(第一次、第二次上田合戦)という履歴があるからである。

関ケ原で西軍に属した彼は、紀州九度山に流された。そこで老いを迎え、大阪の陣の数年前に死んだ。

死ぬ直前、すでに東西手切れを見込んでいた彼は、息子の幸村に徳川軍撃破のための作戦を伝えた。

しかし、同時に彼はこうも言った。

・そのほう(幸村)は、自分(昌幸)より才能はあるだろう。しかし、若くして九度山に蟄居したため、世間にその閲歴を知られていない。

・だから、この策をもって大阪の幹部層を説いても、誰も信用しない。世間で良い仕事ができるかどうかは、要はその発言をする人の信用度によるのだ。

・二度も徳川軍を撃退した自分がこの策を出せば、大阪の幹部も大いに悦服し、心を揃えてこの策どおりに動くだろう。

・妙案などいくらでもある。しかしそれを提案する人の信用度が、その案を成功させたりさせなかったりするのだ。そのほう(幸村)では到底無理である。

実際に、幸村は大阪城に入城し、様々な献策をしたが、聞き入れられることはなかった。結局、大阪側の総大将になれるだけの器があったにもかかわらず、一部門長にしかなれず、その父親が説いた作戦も実行に移されることはなかった。

結果、局地戦では勝利を収めることがあっても、諸大名の誘い込みなどの外交戦略を含めた戦略全体では到底家康の足下に及ばず、敗れ去った。

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先日、古い友人と飲んだ。

そこで、彼は「大野はコンサルやっているのに悪いが」と言いおいてから、コンサルティングというものに対する不満を述べ始めた。

曰く、

・現場の事をわからずに、教科書的なことばかり言う。

・「外部の人がこういっています」といって内部を説得するためだけに使っている。

・そのくせ、法外な大金を請求してくる。

とのことだった。

私自身がやっているコンサルティングとはちと方向性が違うので、私個人についてはあてはまらないが、いわゆるコンサルティング一般については、的を射ているのだろうと思った。

と同時に、「彼のような幹部社員がハナからそういうスタンスでは、コンサルがどんな良い提案をしてもうまくいかんわな」とも思った。

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この仕事で成功するためには、

「良いアドバイスをする→そのアドバイスが実行される→良い結果が出る→レピュテーションが上がる→アドバイスが採用されやすくなる」

という順回転に入ることが肝要である。

上記の私の古い友人は、きっとそう考えるに至る経験があったのだろう。コンサル側にも責任があるのだろう。

一方、アドバイスを受けて、それをしっかりやり切って良い結果を出せば、コンサルともっと良い関係が築けたとも思う。

真田親子の事例は、こんなことを考えさせてくれた。