沢木耕太郎
青年沢木耕太郎は、大学卒業後に富士銀行に入行しましたが、出社初日に辞表を出し、退職しました。
昭和40年代のことなので、就職戦線においては富士銀行はトップクラスであり、ゼミの教授や親・友人(彼女も?)も嘆き悲しんだことでしょう。
彼は、大手町の交差点で真っ黒のスーツを着て立ち並んでいる会社員の群れを見て、辞めようと思ったらしいです。
彼はそういった社会の大勢に順応したくないという反骨精神をもった人でした。
彼はその後ノンフィクションライターになります。
そこで、彼はボクシング世界チャンピオンの輪島功二を取材します。
感動的な2度目の王座復帰のあと、3度目の王座陥落したあとでした。すでにボクサーとしては旬を過ぎ、体もボロボロでした。
輪島は4度目の世界挑戦をしましたが、まったく歯が立たずに、惨めな試合をして引退しました。
彼は輪島に対し、なぜ負けるとわかっていて惨めな試合をしたのか、なぜもっと早く引退しなかったのか、なぜ、なぜ、、、と問い続けました。
「もっと早く引退すると、確かに傍目には格好良く映るかもしれない。
でも、本当はちっとも格好良くないんだよ。どうして引退する必要があるんだ?
次の相手には勝てないかもしれないと考える、負けることを恐れる臆病な心からじゃないか。
見た目や格好を気にすると人は臆病になる。
体が決定的に壊れてもいない、まだ戦えるのに辞めるのは卑怯だと思う。だったらたとえ負けても闘うべきじゃないか」
そして最後にこう言います。「俺は二流のチャンピオンだった。でも決して戦うことをやめないチャンピオンだった。そうだろ?」
彼は感動を覚えました。
彼は輪島に「コホーネス」という言葉を贈ります。コホーネスという言葉は、ヘミングウェイが好んで使った言葉で、スペイン語のスラングで男性器を表します。転じて、肝っ玉、勇気という意味を持ちます。
彼は大勢に順応したくないという反骨精神を持っていましたが、その彼すらも、「もっと早く引退すると格好良い」という大勢の意見を持ってしまっていました。輪島はそのような大勢の意見を覆すほどのコホーネスを持っていました。
今では、バラエティー番組でおバカキャラを演じている輪島功二ですが、実は彼は大変なコホーネスを持った偉大なチャンピオンだったのです。
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先日、44歳の誕生日を迎えました。多くの方にお祝いのコメントをいただきました。深く御礼申し上げます。
思うところがあり、この輪島を描いた短編小説『コホーネス』というのを再読し、深い感動を覚えました。
このビジネスの世界でコホーネスを発揮したい、と強く思いました。
4年前に独立したときは、多くの人に反対されました。「不安定だ」「なぜ大企業をやめる?」「どうせ失敗する」・・・。まさに大勢の意見です。
しかしここには多くの人が知らない大きな果実がありました。
コホーネスを持っている人間だけが、この果実を得ることが出来ます。それはボクシングの世界でもビジネスの世界でも同じです。
お陰さまで、多くの素晴らしいクライアントに恵まれました。
引き続き、クライアントのため、そして社会のために、コホーネスを持って貢献してまいりたいと思います。